2018年6月7日木曜日

< よく分かる、・・そうだろう、と >

地方で暮らす人々の、何にどこに帰属していようと、「主義」などとは比較的に遠い者達の・・きっと、そうだろう、と思わせる姿だろう、これが、・・・

『・・・ 「そもそも目玉の政策がない。有権者に何を訴えればいいのか」「支持者に選挙の理由を明確に説明できない」。宮城県内の自民関係者らからも、恨み節にも似た声が漏れる。
 希望の参戦と民進の合流で、「自公対希望」の様相が一気に強まる。新党の勢いを前に、与党側は1強の看板に依存した「安倍政治」そのものを問われ、守勢を強いられる。・・・』(河北新報 10/1)

ローカル紙をわざわざ知らせる報道の「意図」が何かを気づかないわけではない、・・・それでも、報道に紛れたマスメディアの「感想」や「意見」である場合があることをうんと割り引いても、幾何かの真相を伝えているかのように受け取られる!

 政権外で十\分に時間が取れた時期においても、「たぶん」だが、地方や地方組織のことなど関心も関与も、自身から積極的に活動したことなど、ないであろう!!

 神輿に乗ることしか知らない者の、貧弱とか脆弱とか、見る眼のなさ、とか、が露わになっている、に相違ない!!

 記事の対象となった人達が、どのような傾向の者かはむろん分からない、が左翼にも右翼保守にも属さない、地下(じげ)の伝統に根ざして生活しながら「応援」してきた人達だと仮にすれば、そういう自らの存立基盤を損なっている「党」の自身の姿をよくよく見詰めるべきである!!!