2018年6月7日木曜日

< 何となく人が好さそう、と・・だが >

勤め人ならば大概が日々の仕事の中で、肝心なところで、自身に都合のよいことは「自身(達)がやった」、不都合なことになりそうだと「彼がチョットね・・」とその上の者に向かって部下の誰かを差し出して逃げてしまう者に出くわすことが、けっして珍しくはないことを体験的に知っているものだ!!・・それが、どれほど「下世話」な事象で、普段は呑み下して済まして措くにしても、・・・けっして、そのような者に「最後まで」付き従うことなどしないものだ!!
 実に不思議なことに、・・・現実には、そのような者がその組織の中枢に居続ける場合がけっして少なくないのだ、!!・・・それは更にその上の者あるいはその他の者にとって「使い勝手」がよいことがあるからである!!

 けれど、場合によっては20年も30年も掛かるものの、いづれその組織全体が、存立が危うくなるという不都合な事態に陥るのである!!

実際に、世間では名のある「会社」が日々これを実証する事態が生じている!!!


「国」はどうか、・・・オリンピックが終わればその後には景気後退が必定だと騒ぎ立て、これに対処するため万博をやる、などという(・・では万博の後の景気後退に今度はどんなイベントか?)・・・永遠の景気「対策」イベント経済に堕していく!!
 歴史戦とよばれる対外事態に対して「捏造、間違いである」と反論すべき「材料」があるのに、なによりも戦前の帝国日本軍政下のかつ戦後占領下の「粛清」済みの事象(その法手続きの妥当や事実認定の議論は後学の材料にしなければならないにしても)で、その清算後の日本が負うべきものではまったくない事案を、「国際」場裏で「事実」をしっかり示し語ることはせずに、相手が何か仕掛けて来てそれへのせいぜい「遺憾」の意を表\明するだけの「対策」しかしない!!
【・・・・ 日本に支配されたこと、「小日本」に踏む込まれたこと、そのこと自体に対する遺恨、彼等自身のいら立ちを根源とする「反日」は、どんな契約や条約や合意やらを以ってしても抑えられるものではない、・・・その際限など設けることなどできない彼等の彼ら自身へのいら立ち以外の何物でもない事案には、ただただその捏造やら間違いやらを淡々と延々と諄々としかし精力的に「国際」に向かってその「事実」を説き続けるのみである、・・・しかし、真逆の事をやっている!!!
「清算」事案でかつ占領によって戦前とは不連続の「今の日本」(それをよしとするか否かに関わらず)が、平身低頭したり気後れするような事柄ではない、・・・欧米諸国の世界でのこれまで例えば200年の所業と今の彼等の態度をみれば分かる、「国際」での「姿勢」がどうあるべきかが分かる、というものだ!!】

みな、自身の構\想ではない、・・・「部下」や「周辺」達の提案で、上手く行きそうだと「自身(達」がやった」、不都合が出てくると財務なり厚生労働なり外務なり「○○省がチョットね・・・分かっているんだ」と(でも、オレじゃないんだ)!!!
・・・しかも、中国では「下」の者が事とする「対策」であって、「政策」ではないのだ!


「何となく、人が好さそうで、信頼できそうで・・」ということから投票するものだ、それでいいんだ、「政策」を掲げて「ああします、こうします」などとそんなもの・・と評論家は云うが、・・・それは、そうあるより外に仕方ないのが有権者の実態である、という限りではその通りだろう、という事実の指摘に過ぎない、・・・それは、考えた挙句に到達する結論などではなくて、その物言いからは、そこから出発して「では、どのような「政策」がどのように実現されていくのか、にどう関与できるのか」という肝心の本来の課題が消し去られてしまっている!!

実際、その評論家は当初たぶん「何となく、いい人、なにかやってくれそう・・」と「期待」していたに相違ない、が・・・時の経過とともに、ほぼまったく自身の「意」にそぐわない言動ばかりだと感じ取っていたに違いない(だろう)!!!
 ところが、政策なんて知らなくとも「何となくよさそう」と当初は支持し、「それでよい」としていたものの、自身の意にそぐわない状況となってみると、・・・自身の手で「修正」させたり「変更」させたり、もっと云えば「引き摺り下ろ」したりすることができない、その仕掛けがない、という「現実」のその「肝心の課題」が立ちはだかる状況となったのである!!!

学のない庶民は自身にはできないがために、得て勝ってかも知れないが、政治「論」や自由民主体制「論」やの政治絡みの論議を巡って、知識人たちに期待し求めるのは、本来のこの課題の原理論であるはずだ!!

その上でいま、会社の上司のような姿を見せられるかのような状況は、・・・とても、受入れられる情況ではない!!!