商売人が、商機を前に尻込みすることなど無い、なんとかして食い込みたい、おべんちゃらでも何でもする、飲めない酒だって飲む、下手な歌も嘲笑されても歌いもするし踊りもする、・・使途秘匿金と云う名の「袖の下」を毛嫌いする理由などない、日常にすぎない、見合った税金を納めておけば済む「必要経費」に過ぎない、・・・チョットした“有力者”とは普段から少なくとも盆暮れはむろんパー券は逃さず買う、そして「いま、どんな具合です」と偶に水を向ける・・・、経営者なら当然の「業務執行」だ・・・喰えなければ、何ものでもない、そこに善悪などない、と! 国際場裏でも同じことのはずだ! 経済で取り込めば、政治上の要求を拒否などできるわけがない、・・・いかなる国の“人民”も喰うために一所懸命でみな同じはずだ、・・まして商売人達は「商機」を前に「共産中国と対峙」することを望む者など一人として居りはしない、そういう者達を背後にしている「政治」が、むしろそれが「民主」だからこそ、それに反する「施策」を採ることなどできるわけがない!! 国際場裏では、どこかの誰かさんの云う法の支配などありはしない、・・これまでだって、防空圏など公海上に勝手に線引きしてお互い気に喰わないとも思いつつもその「事実を既成化」しているではないか、・・・10年前は仮に「宣言」しても実際に威嚇したりする「道具」がなかったがもう今は違う、ここからここまでは「オレのモノだ」と「世界」に向かって宣言しさえすれば「圏」どころか「領土・領海」なのである。 ・・・何事か「国際世論」なるものは口を挟むだろうが、・・・まったく足りていない牛肉とガスその他それに国債も買ってやれば、とても大事な「友人」となり「素晴らしい、友人を怒らせるような事はできないし、しない」と「約束」するようになる、「掌を返す」のは商売では常道かつ成道だ、「できる奴」はそうしたものだ、・・・・・理念とか節操とか、そんなもの何も持ち合せてなどいない、・・そりゃそうだろう、喰えなければ何物でもないのは「大国」であろうと同じだ!・・・理論や理念やを持ち出す学者連中や研究所・シンクタンクの目ぼしいところは、何度もシンポジウムやフォーラムに招待して、十\分に「含め」ておいてある、必要な資金はこれからもなんぼでも注ぎ込む、たかだか知れた額だ ・・・周辺の弱小国には、「なに、あの海は俺のものだ、と?・・・お前な、事を構\える気か、ひとたまりもないぞ・・・お前のものはオレのモノだ、オレのモノはオレのもの」と「オレにそう云われたと国民に公表\しておけよ、そうすれば“仕方ない”で済む、・・わかってるな」 「国際政治ヤクザのシンジケート」と云うべき今後の「世界」の姿を想定することは、もっとも現実的な根底的な構\図だと考える!! 経済活動の「規範」とはなんだろうか?・・・あるとすればだが、そしてあるはずと思うのだが! そこから産まれるはずの政治上の「規範」があるとすれば、何だろうか?